「地域ブランド」の前に「地域価値」を考えろ
- ブランドという言葉は、きれいに整ったものを思わせる。地域には、まだ整っていないものの面白さがある
- 地域の価値は、人と土地から生まれる。見つけたときが底値で、人の手で磨いて上げていく
- 価値は株価のように動く。SNSの一瞬より、時間をかけて右肩上がりに
僕の仕事は、新しい商品やサービス、お店のオープンだったり、おもしろい人などなど、その地域のヒト・モノ・コトを、どう届けるか?に集約される。今風に言うとそれは「ブランディング」と言えるかも知れない。でも、なんか「ブランド」という言葉は、イメージを狭めてしまう感じがしませんか?ブランドと聞くと、きれいに整ったもの、美しいものが頭に浮かぶ。それはそれで大切だ。もちろん。でも、地域には、まだ整っていないもの、言葉になっていないものがたくさんある。だから、この論考を始めるときに「地域ブランド」という言葉はなんかしっくりこなかった。「価値」なら、まだ整っていないものも、これから育つものも、まるごと含められる。
では、地域の価値とは何か。これはまず間違いなく「人」だと思う。今を生きている人も、これから生まれてくる人も、これまで生きてきた人も。外からやって来る人も。あらゆる人たち。そしてもうひとつが、人間にはどうにもできない「地形」だ。地形が、日の当たり方や雨の降り方、風の吹き方を決める。その上に人が長く暮らして、風土が生まれてくる。地域価値学では、この「人と地形」を、その地域だけのものとして、いつも考えの中心に置く。
さて、価値は作れると思いますか?僕の答えは、もちろん「作れる」。地域の価値はもともとそこにある。でも、それだけではまだ底値のままだ。見つけただけで価値が「最高値」になるなら、何もいらない。僕は「見つけたときが底値」くらいに考えている。そこから人の手で磨いて、価値を上げていく。僕は経済の専門家ではないけれど、地域の価値を株価のようなものだと思っている。上がりもするし、下がりもする。その動きは良くも悪くも、人の手で動かせる。例えばSNSで一気に話題になるのは、本当にありがたい。でも、話題だけで価値が上がっても、話題が消えれば元に戻るかも知れない。株価と同じく健全な上がり方というのがあると思う。中身の裏づけがあって、下がっても戻ってくる。そして、長く関わりたい人が少しずつ増えていく。そういう上がり方をしたい。
地域の価値を見つけることは、わりと誰にでもできる。難しいのは、磨くことと、届けることだ。それができる人を、地域にもう少し増やしたい。あなたの手元にも、底値のまま眠っているものがあるかもしれない。価値は磨いたぶんだけ上がる。そのことを、ここから考えていきたいと思う。