地域価値学とは
地域価値学は、地域に潜在する価値を発見し、発展させ、発信するプロセスを探究する実践的な思考体系です。
価値
- 地域の価値は、地形という「変えられない基盤条件」から始まる
- 人が長年住み続けることで、風土・文化・産業・祭りが生まれる
- その営みはすべて「表現」であり、価値の源泉となる可能性を宿している
「この地域には何もない」という人がいる。いや、どんな地域にも価値はある。その価値を発見し、磨き、届ける仕組みや人材が不足しているだけなのだと思う。
これは「地方はいいぞ」という話ではない。地域礼賛でも、移住促進したいわけでもない。地域の価値がどこから生まれ、どうすれば育てられるのかを、できるだけ正直に、実践者の視点で考えていく。
私は天草に移り住んでおよそ15年になる。クリエイティブディレクターとして、ブランディングやアートの仕事をしながら、アンダーロードギャラリーを運営し、地域の経営者や行政と一緒に仕事をしてきた。その経験の中で、「地域の価値」についての自分なりの考え方が少しずつ固まってきたのでまとめていくことにした。
01まず、地形がある。
地域の価値を語るとき、私がいつも最初に置くのは地形だ。その土地が地球上のどこにあるか。どんな山があり、川があり、海があるか。
これは基本的には人為的に変更できない、地域の基盤条件である。天草で言えば、複雑な海岸線、島と島をつなぐ橋、夕暮れ時の橘湾の色——それは誰かが作ったものではなく、そこにあり続けているものだ。
地形は、地域の最初のアイデンティティだ。
02人が住むことで、土地は変わる。
土地の上に、人が住む。長年、住み続ける。すると不思議なことが起きる。土地が変わるのだ。
人の手が入ることで地形が変形し、その土地に合わせた風土が生まれていく。農業が始まり、作物が決まり、食の文化が育ち、コミュニティができ、産業が生まれ、宗教がローカライズされ——最終的に祭りの形にまで影響が及ぶ。
これは10年や20年の話ではなく、何百年というスケールの話だ。だからこそ、地域には代替のきかない固有性が宿る。同じ土地は二度と生まれない。
03人の営みは、すべて表現だ。
この積層の上に生まれる文化や営みは、すべて人間の表現である。
棚田の造形。漁村の路地の曲がり方。祭りの衣装の配色。方言のリズム。地元の食堂に並ぶ料理の名前。——これらは、何かを「伝えよう」と意図して作られたわけではない。でも確かに、そこには人間の意志と感性と試行錯誤が積み重なっている。
表現とは、意図の有無ではなく、人間の営みが形になることだ。そしてアートとは、その表現に内在するものだと私は考えている。
地域固有の営みには、価値の源泉となる可能性が宿っていると考えている。それを見つけ、育て、届けることが、地域価値学の核心だ。
04目的地になる力。
秋田に初めて行ったとき、安藤忠雄設計の美術館で藤田嗣治の大作を見た。圧倒的な作品だった。と同時に思ったのは——秋田の人はいいな、ということだった。
よそ者の自分が、あの絵によって秋田を深く心に刻んだ。建築と文化資産が相乗的に地域の魅力を高める力だ。オランダのゴッホ美術館が連日行列なのも、同じ原理だと思っている。
地域には、人が住んでいれば必ず何かしらの表現が生まれる。問題は、その表現の価値を評価する人がいるかどうかだ。評価する人がその地域にいれば、輪は広がり発展を続けていく。
05魅力を感じる地域と、そうでない地域。
ある地域に魅力を感じる人と感じない人がいる。それは好みの問題だ——と片づけることもできる。
だが私はそう見ない。これは地域の優劣だけで決まるものではなく、コミュニケーションのデザインが大きく影響する問題だ。
その地域に価値を見出した人が、誰かに伝えようとし、賛同者が増え、みんなで盛り上げようとする。その連鎖が機能しているかどうか。価値が届いていないとすれば、それはコミュニケーションの設計に課題があるということだ。
06地域価値が下落するとき。
人口減少や高齢化という外部要因は当然ある。しかし、それと無関係に発展し続ける地域も存在する。
私の観察では、大きな要因のひとつは「新しいものを排除する力」である。時間が経つと、伝統・固定観念・ルール・プロトコルが生まれ、若者や外部の人が入りづらくなる。気づいたときには手遅れになっていることが多い。
だからこそ調子のいい時に、手を入れることが重要だ。リスクはある。大切に守ってきた何かが傷つくかもしれない。それでも、チャレンジを続けることが地域の生命力だと思っている。
07「伝える人」は、育てなければ生まれない。
アーティストや作家は地域の中から生まれる。しかし、それを支える環境は決して自動的には生まれない。
価値を発見し、言葉にし、外に届ける人——そういう「伝える人」は、育成への意志と投資なしには育たない。行政の担当者であれ、経営者であれ、地域の価値を自分の言葉で語り、手を動かして届けようとする人が増えることが、地域の力になる。
08価値は発見するものか、つくるものか。
地域の価値はもともとあるものなのか、それともつくるものなのか。私の答えは——両方だ。ただし、順番がある。
価値はある。確かに、そこにある。だが、価値は変動する。株式市場に近い感覚で考えている。ある時点で「発見」された地域の価値は、そこが起点となり、人の手で磨かれることで上昇していく。逆に放置すれば、埋もれていく。
価値はやっぱり変動する。その最大化・適正化に変動させることが大事で、見つけて、磨くというところに焦点を当てたい。
地域価値学とは、その土地に眠る価値を発見し、磨き、届けるための実践知である。価値があることを知っているだけでは何も変わらない。
09「価値がある」は、スタートラインにすぎない。
「この地域には価値がある」という言葉は、よく聞く。行政の資料にも書いてある。観光パンフレットにも書いてある。でも、それで終わっている場合が多い。
価値があることを「言う」のと、価値を「育てる」のは、まったく別の行為だ。前者は発見であり、後者は実践だ。実践には、地形や歴史を知ることよりも、もっと泥臭い作業が伴う。誰かに伝えること。共感者を増やすこと。経済的な文脈に乗せること。
地域の価値は、地形から始まり人の営みで育つ。そして、誰かが発見し、磨いて発展させ、正しく発信することで、その価値が上がっていく。
この論考が、地域価値を育てる人を増やすための一助になれば、と思っている。