Jul 31 2015

亀倉雄策生誕100年

kame

2015年のヒロシマ・アピールズポスターがカッコいいですね。

peace2015

JAGDA広島

チョウチョは、第1回のポスターに出てくるチョウチョの生まれ変わりであると。素晴らしいアンサーですね。

亀倉雄策ヒロシマアピールズ

そんな亀倉師匠の第1回ポスター。あーやっぱりカッコいいですね。これ以上のものは作れないんじゃないかなと尻込みさせる迫力がありますね。そんな昭和の巨人亀倉雄策は生誕100年だそうです。

生誕100年 亀倉雄策展

東京オリンピック2020

東京五輪エンブレム、佐野研二郎氏デザインが採用に
2020年の東京オリンピックのロゴもカッコいいですね。こちらも亀倉愛に溢れています。40代の若い人が選ばれたことが、個人的にはとても良いことだなと思いました。
前回の東京オリンピックの時の亀倉雄策も40代でした。良い物を作るのに年齢は関係ないとは思いますが、若者が多数活躍するオリンピックのようなイベントには、やはり若い人が携わって欲しいものです。

ちなみにこのロゴには盗作問題が浮上しています。僕は盗作であるわけがないと思うのですが、盗まれたというベルギー人が訴えるのは自由です。どうぞ時間とカネを無駄にしてください、で終わりたいのですが、音楽業界では恐ろしいことがすでに起きています。

物議を醸す「オマージュ」と「盗作」の境界線。ファレルへのマーヴィン・ゲイ楽曲盗用の判決が持つインパクト

音楽とデザインの著作物を並列に考えても、意味が無いかも知れませんし、今回の件は「オマージュ」でも何でもないので、そもそも一緒にできないのですが、問題はそこではありません。リンク先の文中にあるように、「音楽の専門的な知識のない陪審団による決断だったこともあり……」とあります。そうです、陪審員裁判や裁判員裁判では、「あ、似てる!ダメ!」となってしまう可能性があるということです。実際、今回のロゴの問題はFacebookのタイムラインやネット上の(デザイン関係の人じゃない)一般の人たちの反応を見ていると、けっこうネガティブな意見が目立ってます。書体も一緒という人もありますが、同じ書体ではないのですよ。でも「あ、似てる!ダメ!」になってしまうのです。えーそんな。

そんなわけで、最近のオリンピックのデザインがらみのニュースにはいろいろなことを考えさせられます。

  • 従来の「リリース」の仕方ではもうダメかもしれないということ
  • デザイナーが一般の人たちと、まったく交流してこなかったということ(理解ゼロ=地位が低いということです。僕らのせいです)
  • すべてを「可視化」したところで、多分問題は解決しないんだけど、「可視化」要請の流れは止まらないだろうなということ

仕事頑張ろ。

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